February 21, 2007

平成18年度会計報告

Filed under: 活動報告 — hiro @ 11:31 am

平成17年度は、ジャマイカ孤児院への衣料支援のみならず、国内の活動(久山療育園)にも参加するなど、だんだんと活動に幅が出てきました。

もっとも、実際にかかった費用自体は、ジャマイカ孤児院への衣料送付のための郵送費だけでした。

寄付 11,800円       郵送料 11,800円

来年度からは、活動を本格的に開始することになりましたので、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

湯川洋久


February 3, 2007

2006年3月11日福岡で。。。。。

Filed under: 活動報告 — hiro @ 11:31 pm

民主党の若手議員が発信したニュース・レターの一部です。

「いま悲しいニュースが入りました。去る3月11日に福岡市で、障害のある娘さんをお母さんが包丁で刺殺し、自分も自殺をはかるという痛ましい心中事件が起こりました。恐れていたことを現実になりました。原因は、この4月からスタートする障害者自立支援法により、自己負担がアップし、今まで利用していた作業所などが利用できなくなったからでした。悲しすぎる出来事です。」

< 無理心中>重度障害の27歳女性死亡、母親も重傷 福岡 | Excite エキサイト : ニュース

 11日午前9時20分ごろ、福岡市中央区西公園のマンションの一室で、同室に住む無職、吉岡未央(みお)さん(27)がぐったりして横になり、母親(53)が腹部に刺し傷を負って座り込んでいるのを帰宅した未央さんの姉(30)が見つけた。未央さんは搬送先の病院で死亡が確認され、母親は重傷。

 福岡・中央署によると、未央さんは6畳和室のベッド上に横になっており、首に絞められた跡があった。母親は腹部に刺し傷、左手首に切り傷があり、そばに血のついた包丁があった。同署は、母親が無理心中を図った疑いもあるとみて、母親の回復を待って殺人容疑で事情を聴く。

 未央さんは脳血管の病気で20歳ごろから重度障害になり、同居の母親が介護をしていた。母親も足に軽い障害があり、介護や生活に疲れた様子だったという。別居している姉が「母親の様子がおかしい」と約1週間前から帰省し、同日は午前8時すぎに外出していた。未央さん方は弟を含め3人暮らしで、当時、弟(20)は別の部屋で寝ていたという。

もう一度、皆さんにお聞きします。「障がい者は”生きるに値しない生命”」の言葉は、本当にきついでしょうか。。。。。。。?

湯川洋久

やっぱり障がい者は”生きるに値しない生命”???

Filed under: 活動報告 — hiro @ 10:56 pm

障がい者は “生きるに値しない生命”」キャンペーンについて書いたら、「この言葉はきつすぎないか」と何人もの方々からお声を頂戴致しました。
「さて、現実を見て下さい」と言いたいです。。。。中日新聞2006年12月6日朝刊に出た記事です。

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父と養護学校の娘2人心中

滋賀・甲良
 滋賀県甲良町池寺の西明寺近くの駐車場で4日夜、止めてあった乗用車から3人の遺体が見つかった。父親(43)と、いずれも養護学校に通う長女(14)と二女(10)。死因は練炭による一酸化炭素中毒で、無理心中とみられる。母親は3年前に他界し、父親は在宅支援サービスを利用しながら、1人でまな娘を懸命に育てていた。その生活を一転させたのは、4月に施行された障害者自立支援法。過重な負担が父の背中にのしかかった。

 「生活が苦しい」「娘の将来が不安」。車内に残された遺書には、絶望の言葉が並んでいた。自宅からは、消費者金融の督促状が見つかった。

 娘2人は、2003年4月から養護学校に通学していた。同11月、母親が病死。それまでは自宅から通っていたが、平日は養護学校の寄宿舎で過ごすことになった。

 在宅支援は娘たちが自宅に戻る金曜日の夕方、父が会社から戻るまでの約2時間利用。ヘルパーが食事の世話をした。娘の夏休みなどの際は近隣の児童福祉施設に短期入所させていた。

 4月に施行された障害者自立支援法が、じわりと父親を追い込む。

 ヘルパー利用は、本人負担がこれまでの月1000円程度から約6000円に増加。今年8月に受けた短期入所費も、1000円程度だったのが2万円に膨れあがった。「出費が痛い」。役場の職員にこぼしていた。

 父親は5年前から勤めている製造業の工場で、平日の朝9時から午後5時まで働いていた。給料は月に二十数万円ほど。まじめで無口。同僚に家族のことを話すことはなかったという。

 新築の家。周囲には一見、金銭的に不自由のない生活に見えた。しかし、心中する前、会社に数十万円を借りようとして断られ、長崎に住む兄にも金の相談をしていた。

 娘の今後も悩みの種だった。寄宿舎が2年後に廃止されることになり、2人を自宅から通わせるか、障害が重い二女を寄宿舎のある学校に転校させるか、学校に相談していた。

 父親は毎月1回、仕事帰りに役場の福祉課を訪れた。娘2人の在宅支援サービスの日程を決めるためだった。11月30日も訪れたが、その時、12月1日のサービスをキャンセルした。

 週末明けの月曜日。3人の遺体は、車の中で折り重なって見つかった。

(中日新聞2006年12月6日朝刊)

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12月6日衆議院厚生労働委員会議事において、柳澤厚生労働大臣と山井議員との間でこの記事について議論が交わされております。

湯川洋久

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